平ヶ岳とは何か。どのように、何からできている山か、他の山とは何が違っているのか。どうしてそこにあるのか調べてみましたが、ずばりその問題に答えてくれる文献はなかなかありませんでしたが最近入手した「知られざる平ヶ岳」の中にはこの問題の解答が出ています。平ヶ岳がどのように位置付けられるのか関連の情報も含め調べてみました。
平ヶ岳の山地、山脈としての位置づけ
平ヶ岳は群馬県と新潟県の県境をなす山のため、三国山脈に含まれるように思われますが、地形と気候が作りだす自然環境の連続性からいえば、新潟県の東側、山形県の朝日山地から始まって、飯豊山地、岩越国境とか只見山地と俗にいわれる越後山地からこの三国山脈までは一連のものと考えられます。一方、東北地方の脊梁をなす奥羽山脈は那須火山あたりから向きを南西にかえ、尾瀬の付近で三国山脈と合流しています。この南西に走る福島・栃木県境の山地が帝釈山脈であり、平ヶ岳はちょうど狭義の越後山脈(山地)、三国山脈、帝釈山脈の境目にあります。各山脈については以下の説明を参考にしてください。山脈の定義(範囲)が文献によって大きく違っていますが、おおよその特徴はつかめると思います。
越後山脈 (世界大百科事典 第2版 CD-ROM版 日立デジタル平凡社)
山脈の境界についての定説はなく、広義には山形、新潟、群馬、長野5県にまたがる脊梁山脈を指すが、狭義には阿賀野川以北の朝日山地、飯豊山地を分離し、西は新発田-小出地質構造線、東は大川、伊南川によって区分する。南の三国山脈との境界は不明瞭であるが、山地の標高、連続性を手掛かりとすると、只見川とその支流北ノ又川、枝折(しおり)峠、佐梨川とを結ぶ線によって、利根川源流の山地と越後三山とを分離する。したがって、狭義の越後山脈は新潟・福島県境界付近の標高600〜2100mの山地ということになる。
山地は古生代の堆積岩類、中生代の花崗岩類、新第三紀の緑色凝灰岩およびこれらを基盤として噴出した第四紀火山岩類から構成されている。おもな山地列は脊梁山脈とほぼ平行して走り、南から北へ向けて徐々に高度を下げる。南部に標高2100〜1500の駒ヶ岳(福島県、2132m)、未丈ヶ岳(1553m)、毛猛山、中央部に更新世前半の噴出と考えられる浅草岳(1586m)、守門岳(1538m)の火山群がある。北部ではやや高度を下げ1300〜700mの駒形山、矢筈岳、粟ヶ岳(1293m)、日本平山(1081m)の西部の山地列と狢ガ森山、御神楽岳(1386m)、土埋山の東部の山地列とに分岐する。
山地の特徴は、世界有数の豪雪地域にあたるため傾斜が雪崩によって磨かれ、著しく直線的で急峻であること、晩夏まで深い谷底に残雪がみられ、その一部が越年性雪渓となることである。西部の破間(あぶるま)川、刈谷田川、五十嵐川、加茂川が北西流し、北部・東部の早出川、常浪(とこなみ)川、只見川などが北北東流し、いずれも深い浸食谷を形成している。水量豊かな河川には、1955年以降電源開発によって黒又川第1及び第2ダム、田子倉ダム、奥只見ダムなど日本を代表する大型ダムが建設された。山脈中央部を横断する六十里越し、八十里越しは越後と会津を結ぶかつての重要なルートであり、現在はJR只見線(1971全通)、国道256号線がそれに代わっている。 (鈴木 郁夫)
越後山脈 (Microsoft
Encarta 98 Encyclopedia)
新潟県と長野・福島・群馬の3県をわける山岳地帯。南部は三国山脈から連続し、谷川連峰、巻機(まきはた)山(1967m)、駒ヶ岳(2003m)、浅草岳(1585m)、御神楽(みかぐら)岳(1386m)などをへて飯豊(いいで)山地に達する。狭義には北部の守門(すもん)岳(1537m)、浅草岳、越後三山(八海山・駒ヶ岳・中ノ岳)をさす。北部は磐梯朝日国立公園、南部は越後三山只見(ただみ)国定公園の一角を占める。
地形と植生
大部分は花崗岩からなるが、守門岳・浅草岳などの火山もみられる。冬季には日本海からのしめった季節風の影響をうけて大量の雪がふり、有数の豪雪地帯となっている。北部で阿賀川(新潟県内は阿賀野川)が横切っている。ブナを中心とした落葉広葉樹林におおわれ、高地は丈の低い灌木(かんぼく)帯となっている。
交通と開発
古くから清水越(しみずごえ)、六十里越、八十里越などの街道が山脈をこえていたが、新潟県と関東地方や福島県を分断する大きな障害であった。現在では関越自動車道や上越新幹線などのトンネルが通じている。周辺には温泉地をのぞいて観光資源が少なかったが、道路・鉄道の開通により、新潟と群馬の県境周辺ではスキー場を中心に観光開発がすすみ、魚野川にそった谷間には高層リゾートマンションが林立する。
北側の只見川では大規模な電源開発がおこなわれ、田子倉ダム・奥只見ダムなどが建設された。南側は利根川の上流域にあたり、矢木沢ダム・藤原ダムなどがあり、首都圏の水がめとなっている。谷川連峰は多くの登山者をあつめるが、急峻な地形ときびしい気象のため、世界でも例をみないほど多数の遭難者がでている。
Encarta 98との比較では文字量は706文字に対して、世界大百科では855文字。エンカルタは狭い画面で読みやすくするために小見出し「地形と植生」「交通と開発」をつけるなど工夫がされている。越後山脈の範囲をどう見るかで、まったく違った定義となっている。広くは Encarta 98では三国山脈までを含めているようだ。平ヶ岳を考える場合は当然、狭義の範囲で比較するが、エンカルタでは守門岳、浅草岳、越後三山に限定しているが、大百科ではかなり詳しい範囲の説明をしている。特に今回、平ヶ岳を調べる上で重要な情報である地形、地質、などの情報はやはり大百科の方がダントツに多い。最近の開発状況について Encarta 98で詳しく触れ、三国山脈まで含んだ内容や谷川連峰の説明を含めている。執筆者の名が出ているのが大百科の特徴で、同じ著者の他の項目を参照できるようになっているところがユニークで意外な関連事項を拾い出せる場合がある。記載文字が多い方が良さそうだが、問題はいかに的確に必要な情報が関連ずけて説明されていいるかだが、 Encarta 98より大百科の方が学術的、かつ締まった書き方をしているように思われた。
三国山脈 (世界大百科事典 第2版 CD-ROM版 日立デジタル平凡社)
越後山脈の南西部にあたり、新潟県と群馬県、一部は長野県と群馬県の境をなす山脈。東は兎岳(1926m)付近から、清水峠(1448m)を経て谷川岳(1963m)、仙ノ倉山(2026m)を含む谷川連峰となり、三国峠(1244m)に至り、さらに白砂山(2149m)をはさんで草津峠(1956m)まで、標高2000m内外の山地がほぼ北東〜南西の方向に連なる。主として花崗岩、石英閃緑岩、蛇紋岩、第三系の堆積岩(グリーンタフ)からなるが、山脈の北側には苗場山や岩菅山などの火山があり、南側には湯檜會(ゆびそ)、水上、猿ヶ京、四万などの温泉が多い。北側の信濃川水系と南側の利根川水系の分水界をなし、また日本海川の多雪地帯と冬季乾燥する太平洋側とを分ける第一級の気候区界をなす。積雪が多く季節風が強いため森林限界は低く、針葉樹林を欠くこともある。上越線・同新幹線、関越自動車道は谷川岳の下をトンネルで貫き、三国峠越えの国道17号線は冬季、石打・湯沢方面へのスキー客でにぎあう。(小野 有五)
三国山脈 (Microsoft
Encarta 98 Encyclopedia)
群馬県と長野県・新潟県をわける山脈。越後山脈にふくまれ、その南西部にあたる。奥只見湖の西方に位置する新潟県の駒ヶ岳(標高2003m)付近にはじまり、志賀高原・浅間山などの火山群につづく。北部は谷川岳(1978m)を中心に、谷川連峰ともよばれる。山並みの間に清水峠・三国峠・草津峠などが通じている。
地形と火山活動
北端の駒ヶ岳をはじめ、巻機(まきはた)山、谷川岳、仙ノ倉山、白砂山、赤石山など、2000m前後の山々がつらなる。日本列島の中央分水嶺の一部をなし、南側斜面は利根川水系、北側斜面は信濃川水系の源流部である。日本有数の豪雪地帯で、南側斜面はなだれや融雪水による浸食がいちじるしく、急斜面や急崖(がい)がつづく。草津峠周辺は火山地帯で、草津白根山が活発な活動をつづけており、山麓(ろく)の草津温泉や志賀高原の発哺(ほっぽ)温泉は豊富な湯量をほこる。
動物と植生
ニホンカモシカ(→
カモシカ)やツキノワグマなどの大型の哺乳類が生息している。標高1300〜1400m付近は、ブナを中心とした落葉広葉樹林帯だが、それ以上は高山帯となり、山稜部では高山植物が群落をつくっている。
開発と観光
上信越高原国立公園にふくまれる。関東平野と越後平野をわける障壁だったが、三国峠には江戸と越後をむすぶ三国街道(現国道17号)が通じていた。また、谷川岳の直下にはJR上越線・上越新幹線、関越自動車道がそれぞれ長大なトンネルで貫通している。山麓一帯では、豊富な降水量を背景に多くのダムが建設され、首都圏の水がめとしての役割をはたしているほか、電源地帯ともなっている。
谷川岳は登山やロッククライミングのメッカとして、多くのアルピニストやクライマーをあつめているが、けわしい地形と変わりやすい天候から、遭難者もあとをたたない。三国街道沿線や草津峠周辺にはスキー場が開設されている。
Encarta 98との比較では文字量は789文字に対して、世界大百科では430文字。意外なことに大百科の方が文字量が少ない。エンカルタの方が広い範囲を定義し、南部の草津温泉、志賀高原の説明が多く、谷川岳の遭難が多いことが説明されているが、独立した「谷川岳」ではこのことが触れられてなく片手落ちは免れない。一方大百科では文字量は少ないが、必要な情報で簡潔な文章で説明されているが、 Encarta 98にあったニホンカモシカやツキノワグマなどの動物に関する記述は無い。温泉についての説明が大百科では湯檜會、水上、猿ヶ京、四万の温泉を扱うのに対して Encarta 98では、草津温泉や志賀高原の発哺温泉とまったく違った取り上げ方をしているところが面白い。
帝釈山脈 (世界大百科事典 第2版 CD-ROM版 日立デジタル平凡社)
関東地方の北部を限り、福島県会津地方との境界をなす山地。帝釈山脈ともいう。北東から南西への男鹿岳、荒海(あらかい)山、安ヶ森山、田代山、帝釈山、黒岩山など、山頂部になだらかな平たん面をもつ標高1500〜2000mの山々が連なる。田代山などの山頂部の平たん面上には湿原が多くみられる。この山地の北斜面は阿賀野川水系、南斜面は鬼怒川・那珂川両水系の源流部にあたる。主峰帝釈山(2060m)の山腹はツガ、クロマツなどの自然林でおおわれて深山の趣を呈しており、北麓から登山路が登山者はすくない。 (徳田 球雄)
Encarta 98ではこの帝釈山脈の項目は無なく、本文中に帝釈山脈の言葉を含んでいる項目も存在しなかった。
花崗岩が作り出す地形について
平ヶ岳は花崗岩でできている山と言われています。隣の池ノ岳にある玉子石も花崗岩でできています。また池ノ岳から平ヶ岳に至る登山道は花崗岩がマサ状になっているところを登るようになっています。そのため花崗岩が平ヶ岳独特の地形を作るのか、もっと大きな要因によって平ヶ岳の独特な地形ができたのか興味があるところですが、その点を調べました。
「地形が地質や岩石につねに支配されるかというとそうではない。地形学が地学の中で一大分科をなしているのは、地質・岩石を超越して地形独自の一般性が認められるからである。外作用の種類によってそれに応じた独自の地形がつくられる。ただし地形の細部の特色は岩石の性質によって支配されることがある。例えば花崗岩は鉱物結晶の粒状構造に特色がある岩体で、風化によって分解し砂粒に変化しやすい。そのため岩稜が丸味を帯びる。花崗岩の山体は塊状で、山頂や山稜の幅が広く、小起伏面が保存されやすく、岩体内部の節理に支配された谷が発達しやすい」これは平凡社の世界大百科(CD-ROM版、第2版)の「地形」の説明の一部ですが、花崗岩による地形について調べている池田硯氏の「花崗岩地形の世界」から花崗岩と地形についての関係を抜粋すると以下のような説明があり、平ヶ岳の状況にもあてはまりそうです。
日本の花崗岩地域は、日高山脈の中南部、北上山地、阿武隈山地、関東山地北部、北・中央・南アルプス、近畿地方の中北部、北九州の山地、屋久島までほぼ日本全国に分布している。日本の花崗岩地域の特徴は、環太平洋の孤島変動帯に位置し新期の激しい地殻変動の洗礼を受けたため、岩石の割れめの密度がきわめて高いこと。その上四面海に臨み、加えてモンスーンの影響を受け湿潤な気候環境下にあり、風化土壌化が進みやすく、時には深さ10mあでまるで砂のように深層風化してることである。
花崗岩の生成と鉱物組織
花崗岩は、マグマが地下深所で個結した岩体であり、火成岩のうちでも深成岩の属する。地下でゆっくり個結した部分ほど鉱物結晶が大きく。粗粒の花崗岩となる。花崗岩の割れめや節理も初生的には少ないが、地表へと上昇する際に構造運動を受けるとその状況に応じて二次的な割れめが増し、その差が地表では浸食の差となって地形変化を生ずる。
花崗岩を形成している主要な鉱物(造岩鉱物)は長石・石英・雲母である。これらの鉱物粒子がほぼ等間隔に配列しており、花崗岩graniteの語源もラテン語の粒状からきている。一般に、大きな岩塊やインゼルベルクなどは粗粒の花崗岩からなる。風化が進み、分解すると、石英のみが結晶として残りやすい。花崗岩地域の海岸や河原には砂・白砂が厚く堆積しているがそのほとんどは石英である。
花崗岩体の隆起(上昇)と地表への露出
花崗岩は深成岩であるため、地表では形成されない。各地に広く花崗岩地域が存在するのは、その土地が隆起し続ける一方、花崗岩体の上部をおおっていた他の岩石が浸食された結果、花崗岩が地表に露出したのである。
上昇の途中で一時隆起が休止し、浸食が進むと平原(準平原)化する。その後に地塊運動が生じ、その一部が隆起して山地に成長すると、山上に平坦面(隆起準平原面)を形成する。そこは隆起以前準平原時から風化を継続してきたため、地下深くまで風化(深層風化)しており、浸食をうけると花崗岩山地特有の風化地形を生じる。
花崗岩山地の風化
花崗岩が露出したとはいえ、まだ周囲には花崗岩体をおおっていた岩石からなる部分の方が広い山地も多い。しかし地表に露出した花崗岩は、長期的にみてると周囲の岩石よりも風化が速い場合が多く、浸食も進む。その結果、山地の中でも隆起して高い位置にあった花崗岩の方が、時間の経過ともに浸食が進み、周囲より低くなっている場合もある。比叡山はその典型例である。
風化作用・割かたと地形
花崗岩の風化がたの岩石より速く進みやすいのはなぜだろうか。風化作用は大きく「物理(機械)的風化作用」と「化学的風化作用」とに分けられる。物理的風化作用とは、岩石の割れめに起因するもので、割れめの増加や拡大を促進させ、岩石を劣化亜させていく作用である。具体的は岩石固有の節理のほか、花崗岩体の隆起に伴うテクトニックな割れめ(特に我が国のような孤島変動帯では山地の形成に起因する岩石の破壊による割れめの出現が著しい)、岩体が上昇し地表に近づくにつれて岩盤圧力の解放により荷重が減じることによって生じる割れめ(シューティング)、寒冷地域での凍結・融解のくり返しによって生じる割れめ、主に乾燥地域において昼夜の温度差に基ずく岩石表面の収縮による割れめ、さらには樹根の成長に伴う割れめなどがあげられる。
一方化学的風化作用には生物の排泄物や腐植による鉱物の化学的分解も含まれるが、巨視的には地表からの空気や水の浸透による風化である。そのうち、地表近くの土壌化(数センチから数メートル)を表層風化と称し、地下深所までの砂状化(数m〜数10m+α)を深層風化という。
次に実際の地形、特に花崗岩地域の風化状況を調査してみると「割れめの密度の高さや割れめの規模」と「風化土壌化(マサ化)」の差による地形のちがいが著しいことに気づく。風化土壌化の状況については、観察の結果、我が国の山地では1)風化土壌化んも程度、特に深さの差がきわめて大きい、2)特に風化土壌化が著しく進んでいるところでは、まさに砂山のような状況になっていることがわかった。同一岩石でありながらも、風化のさによって地形は大きく異なる。
風化土壌化が著しく進んでいる例は、おおむね山頂小突起平坦面を有する山地か、高原において見ることができる。そのような地形の成因は隆起準平原山地であることから、風化作用はすでに平野(準平原)であったころから継続しているものであり、山頂小突起平坦面の風化は「準平原風化」といってもよい。
また前述したように我が国の花崗岩山地では、一般的に割れめの密度が高いことに加え、気候が湿潤であるため風化が進みやすく、岩石の表面は急速にボロボロになる。
平ヶ岳付近の地質について
平ヶ岳の北側にある銀山平の銀鉱山では江戸時代200年近く銀が採掘されていたが、銀鉱脈がどのようにしてできて、平ヶ岳の地質的特徴と何か関係があるのか知りたかったのですが、調べた範囲では分かりませんでした。
各県の地質について書かれている、コロナ社の「地学のガイドシリーズ」で新潟県の地学(上・下)が出版されているが、上巻では新潟県西部の地質と化石をめぐって、下巻では新潟県北部・佐渡の地質と化石をめぐってとサブタイトルが付いている。残念ながら平ヶ岳周辺の地質については上下巻とも記載が無かった。一方築地書館からも同様な「日曜日の地学シリーズ」が県や地域別に24冊発行されているが、この中にも新潟県の地質について書いてある本が無かった。唯一地質関係の説明があったのは共立出版から1988年に出版された「日本の地質4 中部地方I」で足尾帯の地質について記載があるが、どうやら平ヶ岳周辺はこの地質区分に入るようだ。
それによると、新発田-小出構造線の東側の足尾帯・上越帯にぞくする中・古生界・花崗岩・超塩基性岩・変成岩およびグリーンタフなどの分布域が該当しそうだ。参考のために上越帯、足尾帯について専門用語がかなり出てくるが、抜粋を掲載しておく。
上越帯
群馬県北西部から新潟県南東部にわたり、西縁の柏崎-銚子構造線と東縁の片品川の谷にはさまれる地帯である。端山ほか(1969英)により西南日本の中国帯・飛騨外縁帯からつづく低温高圧型の変成帯と考えられた。そののち小松・新潟基盤岩研究会(1980)・茅原・小松(1982)は、結晶片岩・蛇紋岩からなる西側の谷川岳帯と、変玄武岩・変斑れい岩などの複合岩体からなる東側の片品帯にわけ、前者を飛騨外縁帯に対した。しかし谷川岳帯には飛騨外縁帯にあるアルビタイト・ひすい輝岩・ロジン岩などがみられない(小松ほか、1885)。これらの岩石は、後期白亜紀〜古第三紀の花崗岩類によってつらぬかれ、また新第三系も分布している。そのため古期岩類の分布は断片的であり、谷川岳帯と片品帯との境界がはっきりしない。谷川岳帯には中生界がない(滝沢・佐藤、1986)が、片品帯は変成したオフィオライトのほか、時代わかっていない黒色泥岩、上部三畳紀の奥利根層や下部ジュラ系の岩室層・戸倉沢層などがあって、構造が複雑である。各所で花崗岩のよる接触変成作用をうけている。
足尾帯
足尾山地・八溝山地から奥只見山地・蒲原山地をへて、飯豊山地へのびる地帯で、東縁は三面-棚倉構造線できられる。大部分は砂岩・泥岩・層状チャートからなり、石灰岩レンズに石炭〜ペルム紀のフズリナ・ウミユリがふくまれることから、全体が古生界と考えられていた。しかし、珪質泥岩から中期ジュラ紀の放散虫化石が発見され(水谷ほか1984英)、美濃帯とおなじように、大部分が三畳紀〜ジュラ系と考えられる。フォッサマグナ地域をあいだにはさんだ美濃帯の東方延長である。しかし蒲原山地の緑色岩ではパンペリー岩・緑れん石・アクチノ閃岩が再結晶していることや、奥只見ダム付近で超塩基性岩のオリストリスをふくむことなど、美濃帯ではまだしられていない要素がある。
足尾帯の奥只見地域
奥只見地域の足尾帯の中・古生界は黒谷層群とよばれている(芝野1985)。おもに黒色泥岩からなり、玄武岩質の溶岩・火砕岩、および輝緑岩・斑れい岩の岩塊をふくむ。一般走向は北北西-南南東〜北北東-南南西である。奥只見ダム周辺には、ダンかんらん岩などの超塩基性岩類・角閃石斑れい岩などの、オフィオライトの岩塊をふくむオリストストロームが分布する。ダンかんらん岩は奥只見丸山を中心に3×2kmの岩体をなし、蛇紋岩化しているが、一部に層状構造がみとめられる。また一部に単斜輝石の残晶がみとめられる。只見川本流ぞいでは、黒色泥岩中に緑色岩がはさまれている。(茅原,1985)。さらに奥只見ダム南西の荒沢岳北斜面にも、黒色泥岩中に、かんらん石単斜輝岩などの超塩基性岩の、径0.3〜2.5mのオリストリスがみられる(茅原ほか1977英;茅原1985)。(黒川勝巳、植村武)